いつの頃からか、北海道の河川にはアイヌ語地名の由来が書かれた看板が設置されるようになりました。
その経緯を調べてみると、北海道旧土人保護法という非常に差別的な法律が長い間あって、1997年にやっと廃止されました。代わりにアイヌ文化振興法が施行され、北海道の先住民族であるアイヌ民族の文化を尊重する社会を作ることが決まりました。
そんな中、市民団体「『アイヌ語地名を大切に!』市民ネットワーク」が設立され、地名というのは毎日使うものだから、アイヌ語地名をもっと日常的知ってもらえるよう、河川や道路標識などにアイヌ語地名を併記し、由来を載せてほしいという提案がなされました。この提案が受け入れられ、道内の河川の看板にアイヌ語地名の由来が併記されるようになったようです。
さて、この看板を見ると、月寒の由来は「火をおこすところ、あかだもの木片をこすり火をおこすところから由来」と書かれています。
個人的には、この由来に違和感がありました。アイヌ語地名はその土地の地形や特徴に由来することがほとんどです。試みに、このあたりのアイヌ語地名を並べてみましょう
平岸(ピラ・ケシ)=崖が途切れるところ
豊平(トゥイェ・ピラ)=崩れた崖
真駒内(マク・オマ・ナイ)=後ろにある川
精進川(オ・ソ・ウシ)=川尻が滝になっているところ
ところが、月寒の由来はチ・キサ・プ=我ら・こする・ものとされています。これでは、地形や土地の特徴とは結びつきません。
北海道アイヌ政策推進室にはより詳しい由来が載っています。これによると月寒の由来は、①我ら・こする・もの、②赤ダモ(の生えている所)、③ 丘・のはずれの・下り坂が挙げられています。
さて、北海道には同じアイヌ語由来の地名がたくさんあります。以前ラジオでも話しましたが、平岸だけでも豊平区、赤平市、日高町と3ヶ所ありました。月寒も同じ地名があれば、その土地との共通点を探ることで地名の由来に迫れるかもしれません。
ということで調べてみたら、浦河町にも月寒がありました。こちらは「ツキサップ」の読みがまだ残っているようです。
真ん中を流れているのが月寒川ですが、札幌の月寒の地形(月寒台地が急な坂を経て平野になる)とは全く共通点は見当たりません。
ということで、③の説は札幌の月寒にはあてはまっても、浦河の月寒の地形からは考えにくい。
・・・と考えて調べていたら、すでにアイヌ語地名研究の大家・山田秀三先生が「札幌のアイヌ地名を尋ねて」の中で、この2つの月寒を比較されていました。さすがです。
この本によれば、チキサプ自体がアイヌ語で火打ち石のことをいうそうです。
さらに、昔は赤ダモの木片をこすって火をおこしていたので、赤ダモのことをチキサニと呼ぶとのこと。赤ダモは春楡ともいい、札幌ではエルムの名で親しまれています。
赤ダモが生えるのは、川沿いの低湿地。今ではまったく面影はありませんが、かつて札幌の月寒川の流域には赤ダモがたくさん生えていました。
さらに、浦河町の月寒で土地のアイヌ古老から、昔は赤ダモが多いところだったと聞き取っています。
以上のことから、山田先生は、月寒の由来はチキサニ(赤ダモ)が生えていたところに由来し、その下半分が省略され、チキサプになったのではないかと記しています。
「火をおこすところ」では意味がわかりませんでしたが、これで納得しました。看板の由来は、『赤ダモ(チキサニ)が生えていたところ』と書いたほうがわかりやすいのかもしれません。